「あの瞬間」にやっていたゲームのこと・東日本大震災の個人的回顧

by qvert

あの日から始まった日常を生きています

2011年3月11日。

当時Xbox360の専門情報誌をメインにライター活動をしていた私はレビュー記事を書くためあるゲームを自宅でプレイしていました。

それはKinectというプレイヤーのジェスチャーを認識するデバイス必須のゲームで、テレビ(前に置かれたKinect)に向かってパンチキックすることで怖そうなおっさんと戦える対戦格闘モノでした。

必殺技を出すときは声を出す(音声認識)など、目新しいデバイスならではの遊びが詰まった作品ではあったのですが、それが怖そうなおっさんとのタイマン勝負を延々と続けたくなる動機づけになっているかというと微妙。どう文章をまとめたらいいもんかなぁと考えながらひとり作業部屋でジタバタ(ゲームプレイ)している時にそれは起こりました。

地震か……っていつもの比じゃねえ!! と察した瞬間にまずしたのは、目の前の液晶テレビが倒れないよう支えることでした(※実際の震度は5強でした)。

当時は子供が小さかったこともあり低めの家具で統一していたリビングや寝室は大した被害はなかったのですが、私の作業部屋の机のすぐ横にあった高めの棚のものは、椅子の上にぶちまけられていました。

最上段に設置していた神棚および神具も落ち、花瓶に入っていた水が書類を濡らしていました。もしプレイ中のゲームが標準コントローラーで遊ぶタイプのものだったら間違いなく直撃していたことでしょう。

その後、保育園に子供を預けに行った朝方とはいろんな意味で変わってしまった街並みを自転車で飛ばし、保育士さんたちの適切な対応により無事だった子供を引き取って帰宅。当時溜池山王(東京23区のど真ん中)の会社に勤務していて数時間待機の後埼玉県まで徒歩帰宅することになった奥さんに何度も安否確認の電話をして過ごしました。

奥さんを待っている間、報道番組で次々と映し出される惨状を呆然と眺めながら「ああ、もう昨日までの日常感覚の延長ではいられないんだな」と思いました。

それから数日間どう過ごしていたかはっきりと覚えていません。おそらく自身の仕事について疑問を感じつつ目の前の作業をこなしていたんだと思います(出入りしていた編集部はおおむね通常通り稼働していました)。

記憶として残っているのは、自分が住んでいる地区で計画停電が実施された日の夜です。

大通りを挟んだ向こう側は普段通りに街灯がついていてこっち側一帯は音も吸い込んでいるかのような一面の闇。そしてその闇の中にある自宅に帰る……という経験は非現実的であるとともに、以前から薄っすら思っていた「“テレビゲームが好き”というのは“電気が流れている状態が好き”ということのバリエーションに過ぎない」という考え方に実感を与えるものでもありました。

あれから8年が経ちました。

相変わらず私はフリーランスのゲームライターです。やっていることの大枠は変わってはいないのですが、より自分自身の興味・やりたいことに近い内容をできているように思います。

住んでいる場所が深刻な被害を受けていなかったからそんな風にしていられるのかもしれません。しかし、与えられた環境でできうる最大限のことをしていこうという覚悟ができたのは、間違いなくあの時からです。

ちなみに。地震発生時にプレイしていたKinectゲームのレビューは以下リンクで読めます。

読み返すと、テーマがブレブレなまま無理やり文章をまとめた感じが如実に伝わってきます。

ていうか8年前の記事も普通に読めて(※2019.3現在)すごいですね、ファミ通.com。

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