マイコンBASICマガジンは心の本棚に並んでいればいい、という強がり

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同窓会の案内葉書が届かなかった男より


2015年11月8日、約12年前に休刊したPC・テレビゲーム情報誌「マイコンBASICマガジン(以下、ベーマガ)」の、当時の読者向けトークイベント「ALL ABOUT マイコンBASICマガジン」が行われました。

1980年代に熱心な読者だった私は、もちろん参加……したかったのですが、前売りチケットを確保することができず、その様子を参加者のSNS投稿で想像するのみとなりました。

このように、したかったけどできないことがあった時、「そこにどんな意味があるのか?」ということを考える癖が身についているので──ずばり文章化するとかわいそうな感じがしますが、今回も考えました。

当時のパソコン少年にありがちな、思い出とともに。

セガハードも網羅する頼もしきPC雑誌


私がベーマガを愛読していた最大の理由は、自分が所持・愛用するホビーPC、SC-3000用の投稿プログラムの掲載枠が、毎号あったからです。

SC-3000は、セガ・エンタープライゼス(現・セガゲームス)が1983年にリリースした機種。

本体はキーボード一体型で、BASIC言語の実行環境は別売のROMカートリッジ供給という、廉価機種ながら油断のならない代物でした。

基本的なハード性能は、ほぼ同時期に発売されたMSX規格パソコンと似たり寄ったりですが、BASIC言語や市販ゲームソフトの互換性は、なし。

PCにも、コンシューマゲーム機にも、あまつさえMSXにもなりきれなかった立ち位置から、当時いくつかあった、投稿プログラム掲載誌での扱いは、とても低いものでした。

そんな中、ベーマガだけは違いました。

ただ毎号掲載されていただけでなく、RAM容量や使用可能な命令文が異なる、2タイプのBASIC(LEVEL IIとLEVEL III)用に、それぞれ1本ずつ紹介枠が用意されているという、破格の扱いでした。

上位モデルのLEVEL III BASICを持っていた私は、当初は、「プログラムが短いゲームと、凝った内容のゲームを毎月遊べるなんて!」と、単純に喜んでいました。

雑誌掲載のプログラムリストの入力を繰り返すうちに、パラメータ調整程度の改造ができるようになり、他機種用のシンプルなプログラムなら移植できるようになってくると、「自身のプログラミングスキルの成長段階に応じた雑誌掲載枠が、ふたつもあるじゃないか!」と考えるようになりました。

 

自作のゲームプログラムを投稿しよう、と思い立たち、オリジナルゲーム第1弾(タイピングゲーム)を制作・投稿したのが、1985年。

誌面に初掲載されたのが、高校受験年でもあった翌年で、その年は、LEVEL II BASIC用ショートプログラム計2本が、採用されました。

当時は、家庭環境がすさんでいた時期でもありました。

そんなタイミングで、“自分で作ったゲームが雑誌に載って、お金(掲載料)までもらえた”という、承認欲求が強く満たされる体験をしたことが、いまにして思えば、以降の人生に、多大な影響を及ぼしている気がします。

悲しき常連スタープログラマー


ベーマガへの投稿ゲームプログラムは、1986年から1988年の3年間で──アーケードや市販のゲームに傾倒した1987年には投稿していなかったので、実質2年間ですが、都合6度、掲載されました。

その間に、SC-3000用プログラムの掲載枠は、ひとつになっていました。

(ちなみに、掲載順序が近かった、RX-78やSMC-777といった機種のページは、すでに姿を消していました)

進むユーザー離れに寂しさを感じる一方で、「いまの状態なら、俺のしょぼいプログラムでも簡単に載りそうだ!」と、小ざかしいことを考えるようになりました。

実際、その読みは当たり、1988年には、3号に1度のペースで掲載される常連ぶりを発揮しました。

舞台の題材やグラフィックを、キャッチーさにこだわって作りこんでいたのが、良かったようです。

 

しょぼいプログラム……というのは、謙遜でも何でもなく、当時、私のプログラマーとしての伸びしろは、すでに頭打ちでした。

所定の軌道を描いたり、状況に応じて動作を変えたりといった、アクション系ゲームの敵のアルゴリズムをどう組んだらいか、いろんなプログラムリストを見ても、さっぱりわからない。

本体性能が似ているMSXのBASICに乗り換えて、心機一転を図ろうとしたものの、構文の違いに躓き、新たな機能もまったく頭に入らず。

BASICのひとつ上のステップという位置づけだった“マシン語”の初心者向け解説書を読んでみたところ、その概念さえ理解できなかった。

そんな有り様だったので、ベーマガに掲載されたゲームの中身は、ランダム(乱数)要素か、多人数プレイ専用であることに、ゲーム性を依存したものばかりでした。

 

1989年に入り、SC-3000の掲載枠がなくなったあたりから、ベーマガから自然に離れていきました。

購読時は熱心に読んでいたゲーム紹介記事や、熱い討論コーナーへの関心も、憑き物が取れたかのように、薄れていきました。

オタク・コミュニティに高校デビューしたことで、他に新鮮でおもしろい世界を知ってしまったから……という面もなきにしもあらずですが、私にとってのベーマガの魅力は、

自分が持っている開発環境・スキルで制作したゲームを公開できる場

だったことに集約されていたんだなと、いまになって実感します。

未だベーマガ半ば


当時のスタッフの打ち明け話が満載で、とても盛り上がったらしいイベントには行けなかったけど、寂しくないです……という強がりは、以上でだいたい、できました。

しかしそれは、“今回のイベントに参加できなかったことの意味”とは、また別です。

では、何か。

「ベーマガが、懐かしむ過去どころか、自分をとりまく現在の状況が、まさにベーマガそのものだから、通過儀礼として行く必要がなかった」です。

インターネットを介した、制作物の公開方法の多様化はもとより、ベーマガ読者時代に立ちはだかったハードルを軽く飛び越えられる──あるいは、あえてそこを通らなくても、異なる方法でイメージを実現できる、便利なツールやPC環境が揃っている。

これこそまさに、当時、求めていたものばかりです。

とっくの昔に、BASICゲームプログラミングの先に広がる世界に乗り出した方々にとっては、いまひとつピンとこないかもしれませんが、そのあたり、本当にいい時代になっているんです。

そんな環境が生れながらにして整っている若い世代の方々は、潜在的なベーマガ読者なのか……と思うと、羨ましくてしょうがありません。

雑誌としてのベーマガは、パソコン少年時代のファンタジーとして大切にとっておきつつ、当時よりもちょっと物わかりがよくなった脳味噌で“ベーマガな日常”を満喫しつつ、潜在的なベーマガ読者たちに、

「俺がベーマガだ」

と自覚させることに、ゲーム人生の残りを費やしていきます。

それを自覚させるのはどうかと思うけど、そういうスタンスで次世代に伝えられる何かはありそうだ、と思われる方、ぜひ一緒にやりましょう!

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